2018年4月10日火曜日

# 南米国紹介

これを読めばディズニー「ノートルダムの鐘」が見たくなる!?

これを読めばディズニー
「ノートルダムの鐘」が見たくなる!?


こんにちは!

今回はディズニーの作品にもある

「ノートルダムの鐘」について少しお話します。



僕の願い out there (ノートルダムの鐘)

あらすじは15世紀末、き時に聖堂の聖職者フロローに引き取られたカジモドは、

その容貌から、ノートルダム大聖堂の鐘突き塔に閉じ込められ、

外の世界と隔離されていた。


聖堂の鐘を突きながら塔上から街を眺めて暮らす日々。




そんなある日お祭りを見かけ塔を抜け出し、美しき
ジプシーの踊り子エスメラルダと出会う。




しかし、そのお祭りは最も醜い仮装をした者を決めるコンテスト。カジモドはステージに上がらされ
その容貌が仮装ではないと知った聴衆は、残酷なまでに嘲りの言葉を浴びせ、彼を捕えようとする。
そんな彼をエスメラルダはかばいカジモドは初めて人のやさしさに触れ彼女に恋をする。



しかし聖職の身でありながら、エスメラルダの美しさに邪悪な欲望を抱いたフロローは彼女を手に入れるために悪さをしカジモドとエスメラルダの恋人、フィーバスと共にエスメラルダを救おうとする。。。



ディズニーの話ではカジモドの恋は叶わないがハッピーエンドで終わっています。
この「ノートルダムの鐘」は他のディズニー作品と異なる点があるのです!
①プリンセスがでてこない
②全体的にくらいストーリー
③キャラクターの容姿が美しくない
④主人公の恋が叶わない
⑤宗教要素が強い
⑥現実性が高い
確かに他のディズニー作品は人々に夢を与えるようなファンタジーな世界の物ばかりですがこの作品は割と現実的なお話です。
作品自体大人向けに作られたため、少しセクシーな部分もあるみたいです。

ちなみにノートルダムの鐘の原作品"ノートルダム・ド・パリ"の小説では悲しいエンディ
ングとなっています。


フィーバスはフロローに殺害され、フィーバス殺害の容疑がエスメラルダにかかる

フロローはエスメラルダに助命と引き換えに愛人になるよう迫るが それを拒否され、エスメラルダを火処刑

それを塔の上から見ていたカジモドがフロローを大聖堂から突き落とし殺害する

カジモドは街を去る
エスメラルダと思われる白骨に、 異様な骨格の男の白骨が寄り添っていて 
引き離そうとすると、砕けて粉になってしまう
そしてフランス語で”ほぼ”という意味の”Quasimodo”カジモド。
なりそこないと意味を込めてカジモドと呼ばれていたのですね(´;ω;`)
そんなカジモド
なんと!
実在していたという証明がされているのです。
ヘンリー・シブソンは19世紀の英国の彫刻家でちょうど小説家ユーゴがこの小説を書いている時期にノートルダムの大聖堂で働いていて容姿も悪かったと言います。
なんと全くの想像のお話ではなかったのです!

また映画でも宗教的な面も強くあり、
The bells of nortre dame ノートルダムの鐘
god help the outcasts ゴッド・ヘルプ
Heaven's light/hellfire 天使が僕に/罪の炎
など神についての曲が歌われています。
(ちなみに"out there”の曲中にあるディズニーキャラクターが隠れているらしいです!)


宗教でカジモドといえば!!
先週の日曜日にカジモドの祭りというものに遭遇しました。
残念ながら映画とは関係ありませんでした💦(調べたのですが…)


しかし、こちらも興味深く
La Fiesta de Casimodoと言い主にサンティアゴの北部で行われる
カトリックのお祭りです。

元々、神父が病気で教会まで行かれない人のために各家を回っていたそうですが、
神父さん。ゴールドのコップや価値のあるものを持っていたため、
人々が盗みを働くようになったそう…
そんな神父さんを守るためにボランティアで色々な人が神父さんと
一緒に道を歩いたことが今のパレードになったそうです。







このパレードでは子供から大人まで白と黄色で飾り付けられた
自転車、馬に乗って道を歩いてまわていました。


それぞれチリの国旗と白と黄色の旗を掲げていました。
この白と黄色はローマ教皇の尊敬を意味しているみたいです。

行進中には”Viva Cristo Rey”(ビバ! クリスト王)と叫んでいました。


日本では無宗教とか言って宗教に興味がある人はあまりいませんが、
外国、特に南米は宗教をとても大切にする人々です。

南米では一番カトリックの信仰する人々が多く彼らはカトリックの教会を通るたびに毎回
十字を体に書く仕草をします。
左肩→右肩→おでこ→胸→最後に口のところで指をチュっとやっています。
あとはComo estas?(元気)と聞くと
大体の人が Bien Gracias a dios(神のおかげで元気)とこのように答えます。

私が宗教は無くて神は別に信じていないというと
結構タブーなことみたいで信じないことがあり得ないようで少しパニックになったり
納得ができず怒ってしまう人も少なくありません。

この頃は面倒なので仏教というようにしています💦
でもそうすると仏教って何?と突っ込まれてしまいます(笑)
海外では宗教はアイデンティティの一部です。

皆さんも海外に行くときは一度自分の宗教、あるいは信じるものをしっかり言えるように
しておくと話の幅が広がるかもしれませんね。

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